不動産取引の決済で、売り主側と買い主側に司法書士が別々につくことを「分かれの取引」といいます。
「京都方式」とも「関西方式」とも言います。
いつごろメジャーになってきたのかなあ、平成4年に京都で開業した頃はまだあまりなかったように思います。この方式の出初めころ、売主買主双方代理は利益相反だ、売り主側の司法書士は売主だけの利益を、買い主側の司法書士は買い主だけの利益を考えればよいからこの方がいいんだ、という同業者がいました。
それがメリットといえばメリットなのかもしれませんが、いまだかつて、依頼者の利益主張を取引の場で司法書士が戦わせたという場面を目にしたことはありません。
他方、この方式の問題はいくつかあります。
一番の問題は売主の本人確認です。
司法書士が一人の場合はその司法書士以外に本人確認をする者はいません。
ここで確認です。不動産取引の場面で売主の本人確認を何のためにするかというと、それはとりもなおさず買主の為であり、買主に売買代金を融資した銀行の為です。
最近特に東京で話題になってる地面師というのは、所有者の成り済ましを用意して偽造の書類で売買代金や融資金を受け取ってドロンするというものです。所有者本人が気づいて訴えれば、所有権移転登記も抵当権設定登記もぜんぶひっくり返ります。
地面師だけが問題になるわけではありません。会社名義の不動産を社長に無断で社員が売却して代金を横領しようとしたという事例もあるでしょうし、認知症の親の不動産を子どもが勝手に売却しようとした、という事例はありふれています。
代金を払ったのに所有権を取得できない、融資したのに抵当権が設定できない、そういったことにならないように、代表取締役の本人確認・意思確認、老親の本人確認・意思確認をするのが司法書士の役目です。
さて「分かれ」のケースに話を戻します。
売主の本人確認は買主(及び銀行)の為であるにもかかわらず、分かれの場合は売主側の司法書士が第一義的に売主の本人確認をすることになります。
取引場所に売り主本人が来ている場合は、買主側司法書士も免許証のコピーを頂くことによってあまりトラブルにならずに売主の本人確認ができます。後は融資金がおりるまでの雑談の中で本人確認ができます。
問題は売り主本人が取引に来ないケースです。
事前に本人の自宅に赴き面談し、免許証などの資料と共に面談記録の写しを交付してくれる司法書士もいれば、そうでない司法書士もいます。
本人確認など必要ない、書類さえそろっていればいい、そんなに言うならあんたが来て本人確認すればいいとおじいちゃん司法書士言われて日曜日に売り主の自宅にわざわざ行ったことがあります。せっかく本人に会いに行っているのに、何とそのおじいちゃん司法書士、登記申請の委任状などに本人ではなく子に代筆させました。予防司法という観点からの本人の自署の大切さをまるで分っていません。仕方なく取引全体の代理権授与証書に登記関係書類代筆の件を追加してそうっとご本人に自署でと差し出したところ、おじいちゃん司法書士が「出すぎだ!!」とかんかんになって怒り出しました。
怒鳴られるのはいいです。職責ですから。ですが悲しいことに怒鳴られてまでした日曜日の本人確認、意思確認の費用の出処がないばかりか、買主さんに説明してもきょとんでまったく感謝されません。
本人の意思じゃなかった、本人が認知症で意思能力がなかったとなって所有権が取得できなくなって初めて、司法書士を信頼してたのに、なんで本人確認をきちんとしてくれなかったんだ!損害を賠償しろ!ということになるのですが。
さきに売主の本人確認は銀行の為でもあると書いたのは、買主の所有権が抹消されればその所有権の上に乗っかっている抵当権も抹消されてしまうからです。親亀こけたら皆こけたです。
先日も苦労して売主側の司法書士に代表取締役の業務権限証書(当日来る担当者に権限を依頼したという代表者の証明書)を取ってもらって、融資銀行の担当者に、売主の代表取締役は来ないけれど業務権限証書を貰いましたと説明したら、うちはそんなことは関係ありませんからと言われたのにはあきれました。
売主本人が取引の場所にこない場合、買主側の司法書士は売主とコンタクトを取りようがありません。法的にも売主の本人確認・意思確認ができる根拠がありません。売主側司法書士にきちんとしてくれましたか?きちんとしてください、と言うと、どんなに気を遣った言い方をしてもむっとする司法書士がいるということです。
この「分かれ」の場合に、登記申請は復代理という方法と共同代理という方法があります。復代理というのは売主側司法書士が買主側司法書士に登記申請を委任して買主側司法書士が単独で登記申請を出すというものです。共同代理というのは申請書に義務者代理人権利者代理人として両方の司法書士が判子を押すという方式です。最近は共同代理がほとんどです。
これは、共同代理にすれば買主側の司法書士は売主の本人確認の義務を免れるから、というのが理由のようです。
でも、復代理方式にするか共同代理方式にするかは司法書士同士が勝手に決めることです。買主のあずかり知らぬところで司法書士の職責が勝手に軽減されたり免除されたりするのでしょうか?わたしはそうは思えません。共同代理方式であろうと、できる限りの売主の本人確認を履行します。
本人確認の不備で所有権が取得できないとなったとき、買主は、共同代理なんて知るか!あんたを信頼して任せたのにどうしてくれるんだ!ということになるでしょう。きちんと本人確認したところでまったく感謝されなくても、問題が起れば責任追及されるに決まっています。
不動産仲介業者さんが本人確認しないで売買契約書を締結したとしても、最後の最後決済の場で本人確認してトラブルを防ぐのが司法書士の役割です。
それが別れの場合は非常にやりにくいというのが、分かれの場合の一番の問題です。
次に問題になるのが業務の空白です。
買主の利益は、瑕疵の無い所有権を取得することです。融資銀行の利益は瑕疵の無い抵当権を取得することです。
他方、売主の利益は、売買代金をきちんと受け取ることに尽きます。
取引は通常2時間ほどかかります。取引を終えて登記申請を出すまでの間に差押えなどが入ってしまうリスクがあります。これが取引の空白時間のリスクです。このリスクを最小限とするために取引直前に登記事項証明書を取り、登記申請の直前にも要約書を取り、差押え等が入っていないか確認します。
さきに書いた買主の利益を考えれば、当然、この直前の登記事項証明書を取るのは買主側司法書士です。
私が売主側司法書士だった取引で取引中に差押えが入ったことがあります。後で分かったことですが買主側の司法書士は直前の登記事項証明書を取っておらず取引終了後登記申請書を持ったまま別の取引に赴き登記申請が夕方近くになりました。取引の空白時間が増大しリスクが現実化したケースです。
真意かどうかわかりませんが、この司法書士に差押えが入ったのは売主側司法書士の責任だとずいぶん責められました。
この件があってから、基本的に他の司法書士の執務を信頼しないことにしました。実際、直前ではなく前日に登記事項証明書を取るという司法書士もいますし、登記申請直前の要約書はあげないという司法書士もいます。
この一件以降、わたしは売主側司法書士となった場合も必ず直前に登記事項証明書をあげるようにしています。重複しても1000円とか2000円のはなしです。わずかなお金ですから業務に空白ができるより重複する方が余程いいのです。
このように別れの場合は業務に空白が生じるリスクがあるということです。そしてその空白は取り返しのつかないものになることがあるということです。