供託による休眠担保権抹消について、担保権者の行方不明の要件については上に書きました。
で、残念ながら担保権者について相続が開始していることが明らかになった場合です。数次に相続が開始して相続人が多数になればなるほど全員に任意に協力していただいて共同申請で抵当権を抹消するというのは不可能になります。
この場合は相続人全員を相手に抵当権抹消請求訴訟を提起し、判決を添付して単独申請で抵当権を抹消することになります。
【管轄】
土地管轄
①被告の住所地
②物件所在地
③登記請求については、管轄法務局の所在地も可能
上記のうちからこちらにとって都合の良い裁判所に申し立てます。
民事訴訟法
(普通裁判籍による管轄)
第4条 訴えは、被告の普通裁判籍の所在地を管轄する裁判所の管轄に属する。
(2) 人の普通裁判籍は、住所により、日本国内に住所がないとき又は住所が知れないときは居所により、日本国内に居所がないとき又は居所が知れないときは最後の住所により定まる。
(財産権上の訴え等についての管轄)
第5条 次の各号に掲げる訴えは、それぞれ当該各号に定める地を管轄する裁判所に提起することができる。
12 |
不動産に関する訴え |
不動産の所在地 |
13 |
登記又は登録に関する訴え |
登記又は登録をすべき地 |
事物管轄
訴額が140万円を超える場合・・・地方裁判所
訴額が140万円以下の場合・・・簡易裁判所(訴額が140万円以下の不動産に関する事件は、地方裁判所も可)
訴額
被担保債権額(極度額)と価格の2分の1を比較して低い方(比較のため評価証明書添付)
4 担保物権の設定登記又は移転登記の抹消 |
目的不動産の価額の2分の1。 |
1、目的不動産の価額の疎明は、固定資産評価証明書等による。 |
2、被担保債権の金額は、元本額のみにより算出する(確定前の根抵当権を除く。)。 |
||
3、確定前の根抵当権の場合の被担保債権の金額は、極度額とする。 |
明治や大正時代の抵当権の場合、被担保債権額が数百円だったりするので、訴額が140万円以下となり司法書士が訴訟代理人として訴訟を提起・遂行することができます。
【請求の趣旨】
休眠担保権の場合、通常、弁済の事実は不明なので被担保債権の時効消滅を理由として訴訟を提起することになります。
「請求の趣旨」が「判決主文」になりますので、「請求の趣旨」中に抵当権消滅の原因と日付を明記しておくことが必要です。
具体的には
「被告らは,原告に対し,別紙物件目録記載の土地について,明治○○年○○月○○日付け時効消滅を原因として,○○法務局○○出張所明治○○年〇〇月○○日受付第○○○○号をもってなされた抵当権設定登記の抹消登記手続きをせよ。」というような記載になります。
判決主文に抵当権消滅の原因と日付が書かれていないときは、判決理由中に書かれていればこれを登記原因として登記することが可能ですが、理由中にも記載がないと判決確定日を抵当権抹消の登記原因日として「判決」を登記原因として抵当権抹消登記をすることになります。
これでは抵当権者の数次に渡る相続による抵当権移転登記を全部申請しないといけないことになり、余計な手続きと費用がものすごく掛かってしまいます。
これを避ける為に、登記手続きの専門家である司法書士としては、請求の趣旨にきちんと「年月日時効消滅を原因として抹消登記手続きをせよ」と記載していくわけです。
ちなみに、訴訟物は所有権に基づく妨害排除請求権としての抵当権抹消登記請求権ということになります。
所有権に基づく妨害排除請求なので、本来は、請求原因として、原告が不動産を所有していることと、被告の抵当権設定登記が存在することの2つを主張すれば足りるということになりますが、相手方の抗弁「登記保持権限」に対する再抗弁としての主張「消滅時効により被担保債権が消滅した」を予め訴状に記載していくということですね。
【時効消滅日】
抵当権消滅の原因日は被担保債権の時効消滅日となります。被担保債権が消滅すれば附従性により抵当権も消滅するからです。
では、被担保債権の時効消滅日はいつでしょうか?
結論を言いますと、「消滅時効による抵当権の抹消登記の原因日付は、時効の完成した日ではなく、その起算日である(登記研究458号)」ということになります。
民法144条は、時効の効力は起算日に遡るとしているので、抵当権の抹消原因日も時効の起算日となるということです。
では、時効の起算日はいつでしょうか?
民法166条1項は、消滅時効は、権利を行使することができる時から進行すると規定しています。貸金の弁済期日を定めたときに通常その日の午前0時に請求はできませんから民法140条の初日不算入により翌日から起算することになります。
以上により、被担保債権の時効消滅日は、「被担保債権の弁済期の翌日」となります。
具体例で言いますと、例えば貸金債権の弁済期日が昭和元年1月1日なら消滅時効は、初日不算入で計算し(140条)、弁済期日である昭和元年1月1日の翌日である昭和元年1月2日から進行(166条1項)し、民事債権であればその時効期間は10年(民法167条1項)なので、10年後の応当日の前日である昭和11年1月1日の24時の経過をもって時効期間が満了(143条2項)し消滅時効が完成することになります。
そして、完成した時効の効力は、その起算日に遡りますので(民法144条)、この事例では、貸金債権は、弁済期日昭和1年1月1日の翌日である昭和元年1月2日に消滅することになります。
(暦法的計算による期間の起算日)
第140条 日、週、月又は年によって期間を定めたときは、期間の初日は、算入しない。ただし、その期間が午前零時から始まるときは、この限りでない。
(暦による期間の計算)
第143条
1 週、月又は年によって期間を定めたときは、その期間は、暦に従って計算する。
2 週、月又は年の初めから期間を起算しないときは、その期間は、最後の週、月又は年においてその起算日に応当する日の前日に満了する。ただし、月又は年によって期間を定めた場合において、最後の月に応当する日がないときは、その月の末日に満了する。
(時効の効力)
第144条
時効の効力は、その起算日にさかのぼる。
(消滅時効の進行等)
第166条
(債権等の消滅時効)
第167条
(商事消滅時効)
第522条
商行為によって生じた債権は、この法律に別段の定めがある場合を除き、五年間行使しないときは、時効によって消滅する。ただし、他の法令に五年間より短い時効期間の定めがあるときは、その定めるところによる。
【お金の心配】
さて、この手の裁判は、訴訟の中身ではなく、いかに手続がスムーズに行くかが問題になります。被告とされた多数の相続人が全員訴状を受け取ってくださることと、どなたも第一回口頭弁論に出頭されずに一回期日で終結して判決が出ることを目指します。
で、ここで被告とされた相続人のお立場で考えます。
ある日突然裁判所から分厚い(戸籍のコピーをつけますからとっても分厚くなります)訴状副本が送られてきます。その時点で心臓が早鐘を打つのではないでしょうか。読むと、被告とされ、答弁書を出しなさいとか裁判所に出頭しなさいとか書かれています。今日まで生きてきて被告と名指しされるようなことをした覚えはないと怒りに震える方がいるかもしれません。どうしていいかわからず倒れそうになる方がいるかもしれません。
そして次に心配になるのがお金です。
なかには、先祖が金を貸したのか?リアクションを起こせばなにがしかの弁済が受けられるのではないか?と期待される方がいるかもしれません。が、まず無理です。貸金が時効消滅しているのですから。仮に時効が中断していたとしても、数百円、数千円の債権に利息を付けて数万円になったとして、その何十分かの1の相続分、微々たる金額です。時効中断もあり得ないですが。
また、貸金の弁済じゃなくても迷惑料でなにがしか払ってもらえるのではないか、というのもあり得ないです。そういうのを払わなくていいように裁判を起こしているのですから。
ですから、お金を取られることも無いけれど貰えることも無いのです。
その辺のこととか、なにより、突然訴状を受け取られて驚かれることが無いように、訴訟提起前にお手紙で説明することは必要な気遣いだと考えます。文面は難しいですが。
それでも裁判所から送られてきた訴状の請求の趣旨に、「訴訟費用は被告らの負担とする。」と書かれていたら、裁判費用を支払わされるのか!?話が違うじゃないか、と心配になって当然です。
そこで相手方が安心されるように「訴訟費用は原告の負担とする」と書いて訴状を提出しました。書記官から被告らの負担とすると訂正するように連絡がありましたが、結論から言うとこのままでいいということになりました。民事訴訟法第61条(訴訟費用の負担の原則)に「訴訟費用は,敗訴の当事者の負担とする。」と規定されていますから、判決では「被告らの負担とする」に変わっているかと思いましたが、なんと判決主文も原告らの負担とするとなっていました。
でもこれはイレギュラーなのでここまでする必要があるのかは、何とも言えません。
それにここまで気配りしたつもりでもまだ何人かはお金がかかるのではないかと心配して連絡してこられます。
安心してください。何度も言いますが、「一切お金はかかりません」。
ちなみに、この「訴訟費用」、一般の方は、弁護士や司法書士の報酬を払わされると誤解されていますが、そういうのは含まれません。印紙代や微々たる書類作成料やこれも微々たる日当です。めんどうな計算書をつけて訴訟費用額確定処分の申立をしないといけないので、「訴訟費用は被告の負担とする」となっていても普通は申立をしません。
わたしも、過払金返還請求訴訟で控訴権の濫用ともいうべき無意味な控訴をされたときくらいしかしなかったですね。(それに申立しなくても印紙代等の実費は支払うところが多いですから)
余談ですがこんな感じ⇓です。4回口頭弁論して準備書面出してもこんな金額です。
訴訟費用額の確定処分の申立書
計 算 書
金 5000円 訴状貼用印紙代(手数料額)
金 5540円 訴状副本、期日呼出状、判決正本等送達費用
金 1200円 第1回~第4回口頭弁論期日出頭旅費
金15800円 第1回~第4回口頭弁論期日出頭日当
金 1500円 訴状、準備書面、書証の写しの作成・提出費用
金 700円 資格証明書の交付を受けるための費用
金 1120円 訴訟費用額確定処分正本送達料
合計金30860円
【送達がやっかい】
この手の訴訟で一番の難関は、無事相続人全員に送達できるか、ということに尽きます。
戸籍から相続人の住所をたどりますから戸籍の附票をあげるのですが、戸籍の附票はけっこう書き間違いがあります。それからマンションなどの場合、住居表示が部屋番号まで書かれていないことがあります。郵便局の配達の方も普通の郵便物は配達しても裁判所の特別送達では配達してくれません。こういうのは調査して再送達の上申書を出します。
住所があっているのに受け取ってもらえないときは「書留郵便に付する送達」(略して「付郵便(ふゆうびん)」と言います。)の上申をします。裁判所から郵便物を発送した時点で送達が完了したことになるというものです。
被告が現実に住所地に住んでいることを現地調査して報告書を提出します。具体的には電気やガスのメーターが動いていることとか近隣の方にもお話を伺いします。書記官に「ああなるほど住んでいるのだなあ」と納得してもらうようきちんと調査して報告書にまとめるということになります。
ですが、近隣の聞き込みは、不審がられず、かつ被告となった方にも迷惑をかけずというのはなかなかに難しいことです。
裁判所からの書類を受け取らないと、近隣に聞き込みをされる、なにもいいことはないということです。
休眠担保権の相続人に対する訴訟は、相続人の調査(場合によっては10数次の相続)と多数(10名20名とか)の相続人に対する送達手続、これに思わぬ費用が掛かってきます。