【特別受益】
不動産を生前贈与する動機の一つに相続時のトラブル防止というのがあります。
生前に名義を書き換えておけば相続時に何のトラブルにもならないと思ってらっしゃる方がけっこうおられます。
法律というのは、公平に基づいて定められていますから、生前にたくさんもらえば相続時にはその分相続分が減るということになっています。
被相続人から、婚姻、養子縁組、生計の資本として贈与を受けることを特別受益と言います。不動産は高価なので、その贈与は一般的に特別受益に当たるとされています。
相続時には、相続財産に生前贈与を加えたものをみなし相続財産として、各相続人の一応の相続分を算定して、特別受益を受けたものについては、この一応の相続分から特別受益分を差し引いて具体的相続分を出します。
これを特別受益の持戻しと言います。生前にたくさんもらえば相続時にはその分相続分が減るというのはこのことです。
生前贈与は遺産の前渡しの趣旨であることが多いため、被相続人の意思を尊重しつつ、生前贈与の持戻しをすることにより、法定相続分を修正して共同相続人の公平を図ろうとするものです。
(特別受益者の相続分)
第903条
1.共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前三条の規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
2.遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
3.被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思表示は、遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する。
生前贈与の事情や意図は様々でしょうが、余分にあげようとして生前贈与したのに、結局その分相続分が減るということにもなりかねません。なりかねませんというのは、遺産分割協議(遺産を分ける話し合い)は、必ずしも法定相続分通りにする必要はなく、相続人間で協議が整えばどのような相続割合でもいいからです。
【持戻免除の意思表示】
それでも昨今は相続人の権利意識も強いですから、生前贈与がその相続人に余分にあげたいからという動機の場合は、特別受益の持戻しをしなくていいという意思表示をしておくべきです。これを持ち戻し免除の意思表示と言います。(903条3項)
黙示でもいいとされていますが、あったかなかったか争いになりますから書面で明確にしておくべきでしょう。
【遺留分】
それでは、生前贈与をして持戻免除の意思表示をすれば何のもめ事も起らないでしょうか?
903条の3項に「遺留分に関する規定に反しない範囲内で」とあるように、持戻し免除も遺留分に反しない限度でしか効力を持ちません。
相続財産は被相続人が生前贈与や遺言によって自由に処分することができるのが原則ですが、それを無制限に認めるとお父さんが若い愛人に全財産を遺贈してしまい妻子が明日の生活にも困るということになりかねません。
相続が相続人の生活保障の意義を持つ点、また被相続人名義の財産には相続人の潜在的持分が含まれていると考えられこれを顕在化させる必要がある点などにかんがみ、相続財産の一定割合を遺留分として生前贈与や遺言でも奪えない相続人の最低の取り分を認めています。
子どもが相続人の場合の遺留分は法定相続分の2分の1です。
(遺留分の帰属およびその割合)
1028条 兄弟姉妹以外の相続人は、遺留分として、次の各号に掲げる区分に応じてそれぞれ当該各号に定める割合に相当する額を受ける。
2
直系尊属のみが相続人である場合 被相続人の財産の三分の一
3 前号に掲げる場合以外の場合 被相続人の財産の二分の一
【特別受益と遺留分】
遺留分と生前贈与については、次の二つが問題になります。
1 遺留分算定の基礎となる財産に生前贈与を加えるか?
2 遺留分減殺請求の対象となる生前贈与は?
まず、遺留分算定の基礎となる財産に生前贈与を加えるかですが、
(遺留分の算定)
第1029条
1.遺留分は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除して、これを算定する。
2.条件付きの権利又は存続期間の不確定な権利は、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って、その価格を定める。
第1030条
贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
これみると死亡一年以上前の生前贈与なら遺留分算定の基礎となる財産に参入しなくてもいいように読めます。
でもちょっと待って。相続人に対する不動産の生前贈与は特別受益です。1044条は903条を準用しています。
(代襲相続および相続分の規定の準用)
第1044条
第887条第2項及び第3項、第900条、第901条、第903条並びに第904条の規定は、遺留分について準用する。
ですので、相続人の特別受益は、死亡一年以上前のものでもすべて、遺留分権利者に損害を加えることを知っていたか否かに関わらず、すべて算入するということになります。
相続人間の公平を確保するためです。
次に、遺留分減殺請求の対象となる生前贈与については、最判平成10年3月24日最高裁判決が、遺留分減殺請求の対象となる生前贈与は、1年を超える贈与であったとしても、そして遺留分権利者を害することを知らなかったとしても、原則として遺留分減殺の対象になる、と判示しています。
最判平成10年3月24日最高裁判決
「民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は,右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって,その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき,減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り,民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものであっても,遺留分減殺の対象となるものと解するのが相当である。ただし,民法九〇三条一項の定める相続人に対する贈与は,すべて民法一〇四四条,九〇三条の規定により遺留分算定の基礎となる財産に含まれるところ,右贈与のうち民法一〇三〇条の定める要件を満たさないものが遺留分減殺の対象とならないとすると,遺留分を侵害された相続人が存在するにもかかわらず,減殺の対象となるべき遺贈,贈与がないために右の者が遺留分相当額を確保できないことが起こり得るが,このことは遺留分制度の趣旨を没却するものというべきであるからである。」
【持戻し免除と遺留分】
では持戻し免除の意思表示をした場合はどうなるでしょう?
1044条が第903条の3項も含めて準用している。しかし遺留分に関する規定に違反しない範囲内でという制限があります。
で算入説と不算入説に分かれていたのですが、最高裁第1小法廷平成24年1月26日判決が算入説をとったので、算入することに決着しました。
最高裁第1小法廷平成24年1月26日決定
「遺留分制度の趣旨等に鑑みれば,被相続人が,特別受益に当たる贈与につき,当該贈与に係る財産の価額を相続財産に算入することを要しない旨の意思表示(以下「持戻し免除の意思表示」という。)をしていた場合であっても,上記価額は遺留分算定の基礎となる財産額に算入されるものと解される。したがって,前記事実関係の下においては,上記(1)のとおり本件遺言による相続分の指定が減殺されても,抗告人らの遺留分を確保するには足りないことになる。
本件遺留分減殺請求は,本件遺言により相続分を零とする指定を受けた共同相続人である抗告人らから,相続分全部の指定を受けた他の共同相続人である相手方らに対して行われたものであることからすれば,Aの遺産分割において抗告人らの遺留分を確保するのに必要な限度で相手方らに対するAの生前の財産処分行為を減殺することを,その趣旨とするものと解される。そうすると,本件遺留分減殺請求により,抗告人らの遺留分を侵害する本件持戻し免除の意思表示が減殺されることになるが,遺留分減殺請求により特別受益に当たる贈与についてされた持戻し免除の意思表示が減殺された場合,持戻し免除の意思表示は,遺留分を侵害する限度で失効し,当該贈与に係る財産の価額は,上記の限度で,遺留分権利者である相続人の相続分に加算され,当該贈与を受けた相続人の相続分から控除されるものと解するのが相当である。」
1 被相続人が,生前贈与につき,持戻し免除の意思表示をしていた場合であっても,上記価額は遺留分算定の基礎となる財産額に算入される。
2 被相続人が生前贈与につき持戻し免除の意思表示をしていた場合であっても、遺留分権利行使者は、生前贈与のうち遺留分侵害額に相当する全額について遺留分を取得することができる。
以上のとおり、特別受益の持戻免除の意思表示より遺留分減殺請求の方が優先されるというのが結論です。
持戻免除の意思表示をしていたからといって遺留分減殺の対象とならないとすれば、遺留分の趣旨が没却されてしまうからです。
ですから、持戻免除の意思表示をしても、特別受益者の相続分が、他の相続人の遺留分を侵害するときには、他の相続人は遺留分減殺請求権を行使することが可能となります。
遺留分減殺請求は、された方もはいそうですか、とはならず訴訟になることがほとんどでしょう。訴訟になれば古い生前贈与などは立証も難しく簡単には決着しないでしょう。
なにより兄弟姉妹間の感情的な争いになり、関係の修復は望めないでしょう。
私たち司法書士としては予防司法の観点からぜひとも遺留分に配慮した生前贈与、遺言をお願いしたいところです。
とはいっても、個々の事情、お考えがありますので、遺留分を侵害するとしても自己決定権を尊重しないわけにはいきません。
私たちにできることは、遺留分権利者が親の意思を尊重してくれるという可能性にかけて持戻し免除の意思表示を記載しておくとか、遺言書にそういった遺言を残すに至った事情や願いを付言することくらいです。
※上記は私見です。