【遺言執行の費用の負担について】
通常、登記費用(司法書士報酬+登録免許税)は、所有権名義を取得する方に支払っていただきます。この感覚からすれば遺贈の登記費用も受遺者が負担するように思いがちです。
でも民法1021条は、明文で相続財産の負担と規定しますから、特定遺贈の登記費用は相続財産の負担になります。
民報1021条 遺言の執行に関する費用は、相続財産の負担とする。ただし、これによって遺留分を減ずることができない。
遺言執行人は相続人らと協議のうえ、相続財産である預貯金等の解約金から執行費用を控除して相続人に分配するのが一般的です。
東京高裁平成26年7月16日判決は、遺贈された不動産に係る所有権の移転の登記の登録免許税は,遺言の執行に関する費用(民法第1021条本文)に該当し,相続財産の負担となるため,「受遺者」ではなく,「法定相続人」が負担すべきであると判示しました。
上記の判例の事案は相続人が一人ですが、相続人が複数の場合の負担割合について、昭和59年9月7日東京地裁判決は、相続人が取得する相続財産の割合に比例按分した額で相続人が負担するとしています。これは公平で常識にかなっていますね。
1021条但し書きは、遺留分減殺請求をしたときは、相続人は何があっても遺留分は確保できるという規定。じゃあ執行費用の足らずは貰えないのかというと、もちろんそんなことはなくて、受遺者に負担してもらうことになります。
相続させる遺言(特定財産承継遺言)は、今般の相続法改正前は、下記のとおり遺言執行人が登記をするのではなく、各受益相続人から直接依頼を受けて登記していましたから各受益相続人から当該相続人にかかる登記費用を払っていただくのが一般的でした。もちろん合意があれば誰から貰ってもかまいませんが。
最判平3.4.19香川判決
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
二、特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言があった場合には、当該遺言において相続による承継を当該相続人の意思表示にかからせたなどの特段の事情のない限り、何らの行為を要せずして、当該遺産は、被相続人の死亡の時に直ちに相続により承継される。
最判平成7.1.24
特定の不動産を特定の相続人に相続させる旨の遺言により、その者が被相続人の死亡とともに当該不動産の所有権を取得した場合には、その者が単独でその旨の所有権移転登記手続をすることができ、遺言執行者は、遺言の執行として上記の登記手続をする義務を負うものでない。
しかし、今回の相続法の改正により、特定財産承継遺言があった場合には、遺言執行者は、その対象財産について対抗要件を具備させるための行為(登記)ができることになりました。
ただし施行日である2019年7月1日より前に作成された遺言については、施行日以降に遺言者が死亡しても従来通り遺言執行者は登記権限を有しない(改正附則8条2項)ので注意が必要です。ほんとにややこしいです。
相続法改正前の話しですが、信託銀行が遺言執行人になる場合、相続させる遺言だと遺言執行者は登記手続をすべき権利も義務も有しないと判示する前記最高裁平7.1.24判決から、遺言執行人の報酬受領根拠が無いとされたら困るので相続人に対しても「遺贈」とする遺言文言にしたとか。遺贈なら遺言執行人が登記義務者になりますから。さすが抜かりないです。っていうか、以前は遺贈は登録免許税が高かったんですけどね。
相続させる遺言の執行人になっている件で家庭裁判所に報酬付与の申し立てをする予定なんですけど、相続させる遺言だと執行の余地はないということで登記の報酬は審判に含まれてこないのでしょうか??
改正民法1014条2項
2.遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。
3.前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。
4.前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
2019年7月1日以降の死亡では、受益相続人が従来通り自ら登記をしてもいいし、遺言執行者がしてもいいということになりました。
なお、「全遺産を相続させる」は特定財産承継遺言ではないので遺言執行人に登記権限はないということです。
さて、かつては遺言執行人といえば信託銀行か弁護士さんで、司法書士は弁護士さんから紹介されて登記だけをやってきたのではないでしょうか。ここ数年は31条業務ということで司法書士が遺言執行人になることが増えています。
平成21年3月23日法務省民二第726号法務省民事局民事第二課長回答
司法書士法施行規則第31条第1号の附帯業務の範囲(遺言執行者)について(照会)
司法書士法施行規則第31条第1号にある「当事者その他関係人の依頼又は官公署の委嘱により、管財人、管理人その他これらに類する地位」には、遺言執行者が含まれると考えますが、いかがでしょうか。
(回答)貴見のとおりと考えます。
いままでは、少なくとも私が関与した遺言書作成では遺贈や預貯金などの金融資産がある場合には必ず遺言執行人の定めを置いてきたけれど(置かないと相続人全員で手続きしないといけなくなる)、執行人はほぼ相続人になってもらってました。登記は個別に依頼を受ければいいと考えていたし、預貯金も株も、かつては相続人が何度も窓口に足を運び自らやるのがあたりまえでしたから。
遺言の内容が特殊な場合だけは司法書士が遺言執行人になった方が望ましいことを助言してましたが、それも報酬がかかることに難色を示されれば、それ以上は勧めませんでした。
だから、同業ながら司法書士がどういう押しで遺言執行人に収まっているのか、まあ、遺産にはたいてい不動産が含まれていますから登記の専門家である司法書士が執行人になるのは理にかなっていますが、いったいどういう押しで行政書士さんが執行人に収まっているのか、かなり不思議です。
個別に登記だけを受任するのと執行人の報酬では桁が違ったりしますから。要はビジネスということなのでしょうか。
最近はその登記でさえご自分でしようとする方が増えています。一方で高額な報酬支払いを約束する方も増えている。うーんよく分かりません。
ただ今回の相続法改正でとっても気になる点があります。それは相続分を超える部分について対抗要件(登記)を備えなければ、第三者に対抗することができないと改正された点です。
改正前は、
「相続させる」旨の遺言についても、判例は、それが原則として「遺産分割方法の指定」(民法908条)に当たるとした上で、その遺言によって不動産の所有権を取得した者は、登記がなくてもその権利を第三者に対抗することができるとしていました(最高裁平成14年6月10日判決等)から180度の変更です。
法定相続登記は相続人の一人から申請できます。
遺言書があることを知っていながら一部の弁護士さんは依頼人に有利に交渉を運べるよう法定相続登記を早々に入れるという手法をとっていました。それを真似た司法書士がまるで手柄のように司法書士の専門雑誌に書いていました。司法書士は登記の専門家ですからやろうと思えば皆できるのですが専門家だからこそやってはいけないことがあると私は思います。
いままでもこのような専門家がいたことから遺言書があるからと悠長に構えていてはだめで速やかに遺言書に基づく登記をする必要がありました。
それが今般の改正で第三者に売られてしまえばもはや取り戻すことはできなくなってしまったのです。
えっ?そんな持分を買うような者はいないでしょ、は、甘いです。大阪には(大阪だけじゃないかもですが)持分であろうが借地であろうが買い取る業者がいます。
だから今までにもまして遺言書に基づく登記を速やかにする必要が出てきたわけです。そうすると、押しつけがましいと思われないだろうか、がめついとか思われないだろうか、じゃなくて、自ら遺言執行人になって速やかに遺言を実現することが司法書士に求められるようになったのではと思えてきました。
遺産の1%の遺言執行人の報酬で大きなトラブルを防止できるのなら決して高くはないと思えてきましたよ。
(共同相続における権利の承継の対抗要件)
第899条の2
1 相続による権利の承継は、遺産の分割によるものかどうかにかかわらず、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超える部分については、登記、登録その他の対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
2 前項の権利が債権である場合において、次条及び第901条の規定により算定した相続分を超えて当該債権を承継した共同相続人が当該債権に係る遺言の内容(遺産の分割により当該債権を承継した場合にあっては、当該債権に係る遺産の分割の内容)を明らかにして債務者にその承継の通知をしたときは、共同相続人の全員が債務者に通知をしたものとみなして、同項の規定を適用する。
本条は、2019年7月1日以後に開始した相続に関して適用され、同日前に開始した相続については、改正前の取扱いとなる(改正法附則1条、2条)。ただし、899条の2第2項に関しては、2019年7月1日より前に開始した相続に関し遺産の分割による債権の承継がされた場合において、同日以後にその承継の通知がされるときにも適用される(改正法附則3条)。
2020・2・16