ほんとによくある誤解です。相続で何も貰わないことを相続放棄と思っている人がとっても多いです。
何か紙に「相続を放棄します」と書いて署名して実印でも押せばそれが「相続放棄」なのだろうと思い込んでおられます。
法的な意味での「相続放棄」は、家庭裁判所に「相続放棄の申述書」を提出して裁判所が審査して「受理通知書」を出してくれるというものです。
民法第938条 相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければならない
民法第939条 相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなす。
一般の人が相続放棄と言っているのはたいていは、「遺産分割協議」で何も貰わないことです。遺産分割協議とは誰がどの遺産を取得するかの話し合い・合意のことです。法定相続分でなくても何も貰わなくても相続人全員が同意すれば有効な遺産分割協議となります。
-
民法第907条
-
共同相続人は、次条第1項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第2項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
では遺産分割協議で何も貰わないことと家庭裁判所でする相続放棄とは何が違うのでしょうか?細かい点は横に置いて最大の違いは、相続放棄では
初めから相続人とならなかったものとみなすと定められているように、相続人でなくなることです。プラスの遺産も貰えませんが借金があっても相続しなくて済みます。他方、遺産分割協議の場合は、何も貰わなくても負債は法定相続分の割合で引き継ぎます。相続人間で誰それが借金も引き継ぐと決めていても、債権者に対しては自分は引き継いでませんと主張できません。
遺産を何も貰わない場合に、借金がある、若しくはその恐れがある場合は、遺産分割協議ではなく「相続放棄」を申し立てた方が賢明と言うことになります。
さて何も貰わないという法的な方法に「相続分譲渡」という制度があります。
民法(相続分の取戻権)
第905条 共同相続人の一人が遺産の分割前にその相続分を第三者に譲り渡したときは、他の共同相続人は、その価額及び費用を償還して、その相続分を譲り受けることができる。
上記条文は相続分譲渡を直接定めていませんが、相続分の譲渡ができることを前提としたものです。ちなみに共同相続人に対しても第三者に対しても相続分(相続人の割合的地位)を譲渡できますし、無償でも有償でもOKです。
あまり使われていないと思うのですが、遺産分割協議でもめてるときに自分は相続人の地位から早々に脱退してあとはあなたたちで勝手にもめてよ、というようなときに相続分を譲渡します。
債権者に対して債務を引き継いでませんと主張できないのは遺産分割協議と同じです。
最後に「相続分の放棄」と言われるものがあります。
家庭裁判所の遺産分割調停や審判で「相続分放棄届出書兼相続分放棄書」
に署名押印して裁判所に提出、裁判所が「排除決定」(家事事件手続法43条は「家庭裁判所は,当事者となる資格を有しない者及び当事者である資格を喪失した者を家事審判の手続から排除するこ
とができる。」)をすると遺産分割手続の当事者ではなくなり、今後の期日に出席する必要がなくなります。
相続分の譲渡との違いは相続分の譲渡が相手方との合意が必要であるのに対し、相続分の放棄は一方的な意思表示でいいこと、放棄した相続分は他の相続人の相続分に応じて帰属するということです。
今回ネットで検索すると裁判所に提出するのではない「相続分放棄証書」の書式が出てきました。「相続分放棄証書」と放棄者を除いた遺産分割協議書を添付して相続登記が可能でしょうか?
民法に相続分放棄の明文規定がないこと、遺産分割協議には手続からの排除という制度がないことから難しいのではないかと思います(法務局にできないと言われても反論する材料がない)。
ネットで見たと署名押印した「相続分放棄証書」を持ってこられたらどうすればいいのでしょう💦困りますね。
これで最後になりますが、以前は、簡単な書面に署名押印して相続登記ができたとおっしゃる年配の方がいます。これは「相続分なきことの証明書(特別受益証明書)」でしょう。生前に相続分を超える生前贈与を受けた(民法903特別受益)ので相続分はありません、という書面です。
昔は特別受益の事実がないのに簡便だということでずいぶん使われたようです。特別受益証明書には遺産の明細を書く必要がないというのも使われた理由でしょう。ズルいですね。特別受益の事実が無ければ本来無効ですが、遺産分割協議が行われたと解釈しましょうと有効としている判例もあります。
もちろん、特別受益も無いのにこんな書面を作る司法書士は今はいないでしょう。
最後にものすごくざっくり言うと、相続で何も貰わないときは、
①基本は遺産分割協議書(当事務所で作成費12000円から20000円)
②借金がある場合は相続放棄の申述(死亡3か月以内なら簡単なのでご自分で。3か月経過後は当事務所で40000円~手間とお金と時間がかかります)
③さっさともめごとから抜けたい場合は相続分譲渡(当事務所で1人5000円程度)
どうですか?少しは理解の助けになりましたでしょうか?