さてさて相続で兄弟共有名義になっている市街化調整区域の農地があります。
兄が本家を継いでいるのでこの共有農地を兄単独名義にしたいというご相談です。
普通に考えれば農地法3条の許可(農地を農地として移転)を得て贈与登記です。が、兄はサラリーマン(兼業農家)で農地法3条の許可要件を満たしません。
ちなみに農地法3条の許可要件は、下記のとおりです。
・全部効率利用要件
農地等の権利取得後において耕作等の事業に供するべき農地等の全てを効率的に利用して耕作等の事業を行うと認められること。
・常時従事要件
権利取得者等がその取得後において行う耕作等の事業に必要な農作業に常時従事すると認められること。
「常時」とは、原則、年間従事日数が150日以上です。サラリーマンでは無理です。
・調和要件
権利取得者等がその取得後において行う耕作等の事業の内容並びにその農地等の位置及び規模から見て農地等の農業上の効率的かつ総合的な利用の確保に支障を生じるおそれがないと認められること。
なお、耕作下限面積要件は令和5年4月に廃止されています。
贈与であれば農地法の許可書をつけない限り所有権移転登記はできまませんが、持分放棄なら農地法の許可書は不要です。
(持分の放棄及び共有者の死亡)
民法第255条
共有者の一人が、その持分を放棄したとき、又は死亡して相続人がないときは、その持分は、他の共有者に帰属する。
【登記研究401-159】
〔要旨〕共有農地の持分放棄による所有権移転登記の登記申請書に、農地法所定の許可書の添付を要しない。
契約による権利移転ではなく法律の規定に基づく権利移転であるという理由からでしょう。
当然、農地法の許可が要らない「持分放棄」という登記原因で登記しました。
ここで注意しなければならないのは、原因が「持分放棄」でもみなし贈与となり贈与税の課税対象になることです。が、通常、市街化調整区域の農地は評価額が激安(固定資産評価額の評価に地目ごと、地域ごとに定められた倍率を掛けます)なので、110万円の贈与税の非課税枠内に収まり贈与税はかかりません。
ここまでは誰でも思いつく、わりと簡単な話です。
さて、固定資産評価額は安いのですが贈与の評価額が高い農地が別にありました。
そう生産緑地です。要注意です。
生産緑地とは、都市計画法によって「生産緑地地区」として指定された市街化区域内の農地をいいます。最低30年間は農地・緑地として維持する代わりに、固定資産税の減税や相続税の納税猶予が与えられるといった、税制の優遇措置を受けている農地です。
2022年(昨年)は生産緑地制度の指定期間である30年が解除される年でした。生産緑地の指定から30年を経過すると、税金の優遇を受けられなくなる一方で、宅地への転用が可能になります。2022年問題と言われたものです。
ご依頼の農地は、「特定生産緑地」ということでした。すでに生産緑地に指定されている農地が30年を経過する前に、「特定生産緑地」に指定されると、10年間の延長となり税制優遇を引き続き受けられるという制度です。
いっそ共有のまま第三者に売却するおつもりはないかとお聞きしたのですが、田舎の代々続く農家さんの農地に対する思い入れは深く、また生産緑地の解除は要件が厳しいです。持ち続けたい&単独所有としたいというご希望です。
かといって評価が高いので「持分放棄」で移転してしまうと高額の贈与税が兄に課税されます。
そこで遺贈の公正証書遺言を作成することにしました。兄への遺贈も甥への遺贈も相続税の2割加算で済みます。相続税の非課税枠に収まれば相続税を払う必要もありません。
ちなみに、現に生産緑地の要件を満たし「特定生産緑地」に指定されていることから共有地を単独所有とするに際し農地法の許可要件が緩くなるのではないか、と農政課に問い合わせましたが、生産緑地に指定されていても3条許可要件は原則通りで緩和されないということでした。
さて、遺言書は、下記のような振り合いで遺言書案を作成しました。ほぼ案のままの文言で公正証書遺言が作成されました。(遺言書の作成を司法書士が関与する意味は、この公正証書案をあれこれ考えて作成するところです)
遺言者の有する下記土地の持分全部を、農地法3条の許可を受けることを条件として、遺言者の兄○○(昭和〇年〇月〇日生、住所:)に遺贈する。
年上の兄への遺贈なので、補充遺贈にしました。
遺言者の死亡以前に前記〇〇が死亡(同時死亡を含む。)したときは、同人に遺贈するとした前条記載の土地を、農地法3条の許可を受けることを条件として、同人の長男である〇〇(平成〇年〇月〇日生、住所:)に遺贈する。
あと工夫したのが、
遺言執行者と受遺者は、遅滞なく農地法3条の許可申請をすること、という条項と、
万一、農地法3条の許可を受けることができない場合は、農地法3条の許可を条件とする条件付所有権移転仮登記を申請すること、という条項を入れたことです。
先のことは分かりません。もしかしたら定年退職し3条の許可要件を満たすことも考えられます。
もっと先になったら生産緑地が解除されて農地法5条の届出(市街化区域農地なので)が条件になっているのかもしれません。いやもっと先には農地法がなくなっていることだって可能性ゼロではないでしょう。
いつとも分からない将来の、考えられる可能性をすべて遺言書に入れ込むことは不可能です。現時点で考えられる農地法3条の許可を条件とする仮登記を入れる義務を課しました。これは相続人が間違って相続登記を入れてしまわないようにです。もしかしたら条件付所有権移転仮登記を入れたまま宙に浮いてしまう可能性もあります。
次善の策であることは依頼人にも説明しました。
他にいい方法があるでしょうか?
子供が実家にいるうちは兄弟なので共有名義にしてもいいかと考えがちですがいずれ結婚し家族ができます。数次に相続が発生すると共有関係が広がっていきます。
不動産は単独所有が望ましいです。
むかし、土地を贈与で受けるのに贈与税を支払いたくないということだったので両親と子供のたしか6名の共有名義にして年度跨いで贈与して110万円の非課税枠に抑えたことがあります。
あれはあれでよかったのでしょうか?
あっち立てればこっち立たずのようなことになっていないか心配です💦
(2023年9月14日)